東京にも、独自の歴史と文化を持つ焼酎があることをご存じでしょうか。
その名は「東京島酒」
2024年3月13日、東京・伊豆諸島で造られる焼酎「東京島酒」が、国の地理的表示(GI)に指定されました。
焼酎のGI指定は、2005年以来19年ぶり。
これにより、「壱岐焼酎」「球磨焼酎」「薩摩焼酎」「琉球泡盛」に続く、焼酎として5番目のGIとなりました。
東京島酒は、
単なる「東京で造られた焼酎」ではありません。
そこには、火山島という厳しい自然環境、
米が十分に育たない土地で培われた独自の製法、
そして約170年前に八丈島へ伝えられた蒸留技術があります。
まさに、島の風土と人々の知恵が生み出した「東京ならではの酒」なのです!
地理的表示(GI)とは?
地理的表示(GI:Geographical Indication)とは、
地域の共有財産である「産地名」を適切に保護・使用するための制度です。
その土地ならではの自然環境や気候、伝統的な製法などが品質や特徴と結びついている農産物や酒類について、産地と品質を国が認め、その名称を地域ブランドとして保護します。
ワインの「シャンパーニュ」などがその代表例です。
「シャンパーニュ」と名乗るためには、定められた地域と基準に従って生産される必要があります。
酒類におけるGIも同じように、
「どこで造られた酒なのか」
「どのような原料を使い、どのような基準で造られたのか」
を明確にすることで、その地域ならではの価値を守り、消費者に伝える制度なのです。
「東京島酒」のGI指定
名称:
東京島酒
産地の範囲:
東京都大島町、利島村、新島村、神津島村、三宅村、八丈町、青ヶ島村
酒類区分:
蒸留酒
主な生産基準:
原料
・芋類には、国内で収穫されたさつま芋を使用する
・麹には麦のみを使用する
・水には伊豆諸島の島内で採水された水のみを使用する
製法
・発酵、蒸留、貯蔵を伊豆諸島の島内で行う
・原酒および製品の貯蔵は常温で行う
・麦または芋類、麹、水を原料として発酵させた醪を単式蒸留機で蒸留する
・それらを混和したものも認められる
・消費者に引き渡すことを予定した容器への瓶詰めも、伊豆諸島内で行う
こうした明確な基準によって、
「東京島酒」という名称と、その土地ならではの酒造りが守られています。
東京島酒の最大の特徴――「麦麹」
東京島酒を語るうえで、欠かすことのできない特徴があります。
それが、「麦麹」です。
一般的な芋焼酎では米麹を使うものが多い中、東京島酒では麦を麹に使用します。
さらに、さつま芋と麦を組み合わせたり、芋焼酎と麦焼酎をブレンドしたりするなど、島や蔵によってさまざまな個性が生まれています。
そのため、東京島酒には、
「麦焼酎」
「芋焼酎」
「芋麦ブレンド焼酎」
という、独自の酒文化が育まれてきました。
香りには麦の香ばしさや草木を思わせる清涼感があり、口に含むとやわらかく軽快。
その中に、芋由来の甘味や旨味、麦由来の香ばしさやコクが感じられるのが特徴です。
ナッツ、オレンジ、ドライフルーツ、クッキーなど、さまざまな香味を感じることができ、ソーダ割りはもちろん、カクテルや果実を使ったアレンジなど、幅広い楽しみ方ができる焼酎でもあります。
「島酒」とは?
「島酒」とは、
伊豆諸島で造られる焼酎を、島の人々が親しみを込めて呼ぶ名前です。
その歴史は、約170年前にまでさかのぼります。
1853年、薩摩国・阿久根の商人、
丹宗庄右衛門(たんそうしょうえもん)が八丈島へ流されてきたことが、島の焼酎文化の始まりと伝えられています。
当時の八丈島では、雑穀などを原料とした「どぶろく」が飲まれていたといわれています。
庄右衛門は島に自生していたさつま芋を見て、故郷の薩摩では、この芋から酒を造っていることを島民に伝えたとされています。そして、鹿児島から蒸留器を取り寄せ、島民に焼酎造りを伝えた。
これが八丈島の焼酎造りの始まりとされ、
その後、焼酎造りは三宅島、大島、青ヶ島、神津島などへと広がっていきました。
なぜ「麦麹」だったのか?
ここに東京島酒の大きな物語があります。
鹿児島をはじめとする焼酎の産地では、伝統的に米麹を使う焼酎が多く造られてきました。
ところが、伊豆諸島では米を十分に生産することが難しかった。
そこで島の人々は、身近に手に入る麦を使って麹を造るという方法を選びました。
つまり、
「米がないから、麦を使う」
という島の環境に合わせた工夫が、やがて東京島酒ならではの個性へと変わっていったのです。
麦麹は米麹に比べて造る際の手入れも難しく、決して簡単なものではありません。
それでも島の人々は、その土地でできるものを生かし、試行錯誤を重ねながら独自の焼酎文化を築いていきました。
東京島酒を生んだ「島の環境」
伊豆諸島は火山活動によって形成された島々です。
火山灰や火山性の土壌に覆われ、農業には決して恵まれた土地とはいえませんでした。
しかし、島には豊かな自然と清らかな水があり、さつま芋は土地に適した作物として育てられてきました。
さつま芋は地下に実るため、風雨の影響を受けにくく、台風の多い島でも栽培しやすい作物でした。
つまり、厳しい自然環境があったからこそ、
さつま芋を生かし、麦を麹に使い、島の水で仕込む。
そんな独自の酒造りが生まれたともいえるのです。
丹宗庄右衛門が伝えた「蒸留」という知恵
焼酎造りの大きな特徴は、「蒸留」という技術にあります。
醸造酒は、原料や気候など、その土地の自然条件に大きく左右されます。
一方、蒸留酒には、人間が持つ技術と知恵が深く関わっています。
恵まれない環境だからこそ、
「どうすれば、この土地にある原料で酒を造ることができるのか」
という知恵が必要になります。
伊豆諸島の焼酎も、まさにその象徴といえるでしょう。
島には米が少ない。
しかし、さつま芋がある。
麦もある。
そして清らかな水がある。
そこに蒸留という技術が加わり、島独自の酒が生まれました。
明治期に記録された島の焼酎造り
明治末期の八丈島では、当時の焼酎造りについて詳細な記録が残されています。
その製造工程は、現在の焼酎造りとは異なる部分もありますが、当時の島の人々がどのように酒を造っていたのかを知る貴重な資料です。
大まかには、
① 麦を炒る
② 甑で蒸す
③ 種麹を付ける
④ 麦麹を育てる
⑤ 麹を出す
⑥ さつま芋を煮る
⑦ 冷まして潰す
⑧ 麦麹と合わせて発酵させる
⑨ 蒸留する
という工程で焼酎が造られていました。
当時の島では、人から人へ伝えられ、試行錯誤しながら守られてきたものだったのです。
島酒の歴史は「伝統と革新」の歴史
東京島酒の魅力は、
昔ながらの製法を守っていることだけではありません。
そこには、
伝統を守ること。
その伝統に新しい工夫を加えること。
そして、次の時代へ進化させること。
この三つが共存しています。
昔から受け継がれてきた技術を大切にしながら、新しい取り組みに挑戦する蔵もあります。
芋と麦を組み合わせる。
ブレンドによって新しい味わいを生み出す。
ソーダ割りやカクテルなど、新しい飲み方を提案する。
こうした積み重ねによって、「島酒」は現在も進化を続けています。
なぜ「伊豆諸島なのに東京」なのか?
ここも、東京島酒を知るうえで興味深いところです。
伊豆諸島は、その名の通り、かつては伊豆半島と同じ「伊豆国」に属していました。
しかし、歴史の流れの中で行政区分が変わり、現在は東京都に属しています。
江戸時代から伊豆諸島は、海産物などを江戸へ送り、江戸との経済的なつながりを持っていました。
こうした歴史的背景や行政上の経緯などを経て、現在の「東京都の島々」という位置づけになっています。
そのため、
「東京」という都市のイメージと、豊かな自然が残る伊豆諸島。
この一見対照的な二つが、「東京島酒」という一つのブランドの中に共存しているのです。
島酒のもう一つの特徴――四角い瓶
東京島酒を見ていると、四角い瓶に入った商品が多いことにも気づきます。
これには、島ならではの物流事情が関係しているといわれています。
船などで酒を島外へ発送する際、丸い瓶よりも四角い瓶のほうが隙間を少なくして効率よく積み込むことができます。
つまり、四角い瓶もまた、島の暮らしや物流から生まれた一つの文化なのです。
東京島酒の魅力とは?
東京島酒の魅力を一言で表すなら、
「島の環境そのものが、酒の個性になっていること」ではないでしょうか。
さつま芋。
麦。
麦麹。
島の水。
火山島という大地。
そして、そこに暮らす人々の知恵。
それらが一つになって、東京島酒という独自の味わいを生み出しています。
芋の甘味と旨味。
麦の香ばしさ。
軽快な飲み口。
そして、島ごと、蔵ごとに異なる個性。
東京島酒は、単なる「東京産の焼酎」ではありません。
そこには、島の歴史、風土、人々の暮らし、そして受け継がれてきた技術が詰まっています。
「東京島酒」は、島の歴史を飲む酒
2024年3月13日。
東京島酒が地理的表示(GI)に指定されたことは、単に一つの焼酎が認められたというだけではありません。
それは、長い年月をかけて島の人々が育ててきた酒文化そのものが、地域の財産として認められた出来事ともいえるでしょう。
技術は、外から持ち込むことができます。
原料も、外から運ぶことができます。
しかし、
その土地の風土だけは、どこから持ってくることもできません。
海に囲まれた島。
火山によって生まれた大地。
限られた原料。
そして、かつて「流人の島」と呼ばれた隔絶された環境。
そうした条件の中で、人々は知恵を絞り、技術を受け継ぎ、独自の酒文化を育ててきました。
それが、現在の「東京島酒」につながっています。
伝統を守る。
伝統に工夫を加える。
そして、新しい時代へつなげていく。
東京島酒には、そんな「歴史」「風土」「人」「技術」「革新」の物語があります。
東京という大都市の名前を冠しながら、その中身は、海の向こうにある小さな島々の暮らしから生まれた酒。
そう考えると、「東京島酒」という名前が、また違った意味を持って感じられるのではないでしょうか。
さあ、今日はその歴史と風土に思いを馳せながら、一杯。
島の風を感じ、島の水を味わい、人々の知恵をいただく。
それが、東京島酒を飲むということなのかもしれません。
東京島酒の歴史と、これからの発展を願って――乾杯!

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